ご無沙汰しています。
久しぶり過ぎてどんなテンションだったか思い出せないほどです。
入力方法にもいろいろありますね。
実は今更ながらブラインドタッチを習い始めて
ここまではキーボードを見ないで打てています。
でももう限界。いちもじずつ表示される画面を見ていると
文明を知らない原始人みたいなやるせない気持ちに襲われ始めたし
読点入れるのめんどくさいし
イライラ通り越して眠くなってきたので音声入力に変えることにします。
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半年くらい前、どうしようもなく心が入り組んで今よりもっとざわざわしていた頃、
毎晩AIにその日の出来事や考えたことを壁打ちして整理してから寝ていた。
そうしないと寝られなかった。
久しぶりに読み返してみると、AIに寄せた喋り方というか、
曲解による余計なラリーを避けようとして
曖昧さを極力回避したピンスポットな話の振り方をしていて面白かった。
毎日を逃さず言葉に置き換えなくては。
そうしないと大事なものが、今この瞬間が、手からこぼれ落ちていく。
そんな不安定でざわざわする感覚に幼い頃から襲われていた。
小学生の頃は、絶えず何かに追い立てられて日記を書いていた。
書くとざわざわはおちついて、しばらくは焦りが消える。
宿題で書く日記は「正解のある課題」であって、そういうざわざわとは無縁だった。
考えの一部を切り取って模範解答を織り交ぜ、
教師の意図をちゃんと汲みとって学習の狙いに沿って「正しく」書いた。
言われた通りの文章を作成できるようになることこそが学校作文授業の目的であり、
自分なりの発想を文章に織り込むのはその先のことだと理解していた。
作文が賞を取っても、クラスや学年で表彰され人前で音読されても、
まだ単なる技術に対する評価に過ぎず、
文章そのものの巧拙に触れるのはこれからだと思っていた。
個人的に書く日記は、
いま頭に浮かんでることをすべて書き出しておかないと、
世界の輪郭を二度と同じようには掴めないのではないかという
恐怖に駆られて書いていた。
今もまだその感覚は強い。
スマホのメモアプリには日々のいろんなメモがごたまぜにぶち込まれている。
何も食べない日は時々あるが、これを開かない日は全くない。
それはそのまま私の頭の中だ。
気になることの検索結果や読んだ本、人の言葉などをどんどん置いて行って、
時折読み返して意味をつなぎ合わせて今日を生きる。
その積み重ねのうちに寿命が尽きる気がする。
必要な情報を探して検索をかけたはずが、
過去のメモが興味深くて読み耽るうちに本来の目的を忘れ、
出かける時間になって慌てて本来知りたかった情報を再検索する。
外出前はいつもそんな感じだ。
準備をしてもしても、絶えず何かが抜け落ちる。
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ブラインドタッチの速度では、言葉はあまり浮かびません。
自分が一層化され停滞したつまらない機械になった気がします。
反して、音声入力の私はとても饒舌です。
ここからは普段の馴れ親しんだ自己流キーボード入力でやりますが、
これでは入力している間に浮かんだことを忘れたり、
打ち間違ってデリーとキーを押している時間の方が長かったりするので、
思考がしょっちゅう中断されます。
あまり効率がいいとは言えない機械です。
次々に浮かんでは消える言葉を、
自分が最も理解整理しやすい形でひとまず並べ立てて安心を図る。
そんなイメージに一番近いのは、やはり音声入力かも知れません。
急に、言葉が勝手にあふれて手に負えなくなるのです。
頭に浮かべただけで言葉に変換されるツールなんかがもしも出てきたら
今まで以上に高速でメモして思考して、
AIと深掘りしてはニヤニヤするだけのしあわせでおかしな機械に成り下がるでしょう。
友人に勧められた曲を集めたプレイリストを作って散歩しながら聴いています。
フィッシュマンズを初めてそれと意識して聴いたのですが、
民族の祭りに召喚されたか、
あるいは宇宙船に連れ去られて彼らなりの流儀で歓待するために
しばし小部屋で待たされているような、
不思議な感じを持ちました。
実は私のお腹は、
普段から変な音を発していて私も持て余しているのですが、
彼らの楽曲になんとその音がずばり収録されていてとても驚きました。
私のお腹から出る音は、「LONG SEASON」という曲の
14分59秒から16分09秒あたりの音なのです。
良ければ聴いてみてください。
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◆今日読んだ本より目についた言葉◆
——特性を愛して、最大限に活かす。
伊藤亜和『わたしの言ってること、わかりますか』
noteを始めました。
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